about


「手紙」

 

(日々の暮らしと そのまなざし

 故郷の風景が重なる ある日の手紙より)

 

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あなたは夢見る人ですか

(私は夢見る方だと思います)

 

けれども 同時に

私は しらふな心も持っています

 

私はその二つの心で

野を散歩します

 

私は野を歩き

私の心は 夢を旅します

 

考えることは 歩いた先に

野の匂いを存分に吸ってから

 

 

 

春に夏に 私は畑にすわります

手をとめ 耳をすまします

 

そうして 遠くから吹き来る風に

光を見ます

 

心は はるかなる想いへと

いざなわれ 静まります

 

その風の中で 

時を忘れ 自分を忘れ

 

私はもう一度

小さい子どもに帰ります

 

そして 目に映るものすべてが

懐かしく 親しみ深くなるのです

 

 

私は この風が好きでした

この風景が

 

春には 菜の花の匂いがしました

夏の夕暮れには 赤とんぼが舞いました

 

秋には 白い 蕎麦の花が咲いて

冬の朝には 空気が青く澄みました

 

そして私は その中で目をつむり 

耳をすましました

 

すべてが美しく 優しかったことを

思い出して

 

 

……

 

 

あなたは夢見る人ですか 

(私は夢見る方だと思います)

 

故郷を このように思い出すのは

「夢見る人」と呼びはしないでしょうか

私はそう思います

 

そして その風は

いまも ここに吹き続けているのです 

 

 

そうした懐かしさの中で

心の重荷を手放し

 

大切なもの 

「優しさ」に触れるように思います

 

 

 

 

 

 

稲尾教彦  inao norihiko

 

1980年長崎県生まれ。日本大学芸術学部演劇学科卒、劇作を専門とする。都会暮らしで体を壊したことをきっかけに、製菓と詩作を始める。自然農を川口由一氏に、言語造形(シュタイナーの思想に基づいた言語芸術)を諏訪耕志氏に学ぶ。「菓子美呆」は2013年食べログ長崎県ランキング1位となるが、同年、詩作をするため一年休業する。2015年北海道に移住。ひびきの村運営理事を担い、演劇、詩作、言語造形、農業の指導にあたりつつ、人智学を学ぶ。2018年、有珠町に移る。「お菓子と言葉と自然農」を軸に、地に根ざした健やかな芸術の在り方を模索。2019年より、北海道シュタイナー学園にて、言語造形の講師を務める。三児の父。「物語ることの奥に、温かみ、安らぎがある。そう感じるところに突き動かされ、ゆっくりと息をするように、今日も語っていこう。」主な作品は、詩集「涙の歌」「ひかりのなかのこども」。